人生は決断の連続である

この前の日曜日祖母が他界しました。
10年以上会っていませんでしたが、とても力強く、そしてやさしいおばあちゃんでした。
親密に関わることはなかったのですが、なんとなく一目置ける存在、そして自分の中に流れる血を感じる人でした。
連絡は月曜日に父から連絡がありました。
父や叔父とのやり取りで自分のに流れる血、脈々と受け継がれてきたであろう思想を感じました。
結局葬儀には出ませんでした。
葬儀の日程、自分のやるべき仕事、周りの人間に与える影響、自分の立場、地理的な問題、そして自分の価値観など色々考えた結果の決断です。
どちらかというと合理的、論理的、現実主義的な判断、自分の価値観に即した判断です。
と言いながら祖母が亡くなる直前に不思議な夢をみました。
普段夢なんぞには興味がないのですが何か感じるものがあり感性、精神世界に生きる母にその夢を話しました。
母曰く、親しい人が亡くなる夢との事でした。
その時は親しい人が亡くなるなんて信じたくないし、夢は所詮夢であると言う現実的な思考をしました。
でも祖母が亡くなった日、妙に全てがうまくいった事を考えると理論を越えた何かを感じずにはいられません。
しかし悲しみ、寂しい気持ち、己の決断は正しかったのかという不安、理論とそれを越えた何か…
この1週間はあらゆる感情が入り乱れていました。
今夜は文書を書くという事は己の感情を整理しています。
明日は実業団最終戦、輪島に旅立ちます。
心を整理して望みたいところ。
不惑」、40歳までには自分の信ずべき物、真っ直ぐに筋の通った信念を身につけたいものです。